年金シニアプランコラム等

スマート・フォーマットの取り組み
―期待される企業年金のスチュワードシップ活動への実務的支援―

特任研究員 矢部 信

1. スマート・フォーマットとは

(1)スマート・フォーマットの取り組み

 スチュワードシップ・コードでは企業年金にスチュワードシップ活動を行うことが期待されている。一方で、運用機関のスチュワードシップ活動を評価し、報告を受け、加入者等にも開示するという一連の業務は、企業年金等にとって実務的には大きな負担となることが、スチュワードシップ活動を進める制約になると懸念されていた。

 こうした、実務的な課題に対応する取り組みとして、2018年10月に22の運用機関(信託銀行、投資運用業者共同の取り組みとして(下記参考に各社名を記載)、運用機関が行っているスチュワードシップ活動を企業年金等が一元的に把握できるようにするための統一的報告様式として「スマート・フォーマット(下記参考イメージ図参照)」がリリースされた。今年度で、2年目となり6月の株主総会集中時期後に各運用機関が行う「スチュワードシップ活動報告」では、このスマート・フォーマットが本格的に利用され、企業年金等と運用機関のスチュワードシップ活動に関する対話に活用されることが期待されている。

 このスマート・フォーマットでは―
○ スチュワードシップ・コードの受け入れ方針や体制などのスチュワードシップ活動全般に関する事項
○ 具体的な対話事例も含めたエンゲージメント全般に関する事項
○ 体制や意思決定プロセスなども含めた議決権行使状況等に関する事項
○ さらに変更点やスチュワードシップ活動の課題
等について150を超える回答項目が用意されている。

 各運用会社は企業年金等へのスチュワードシップ活動報告の際に、このスマート・フォーマットに各社の対応方針等を記載し、企業年金等にその基本的な考え方を説明することになる。

 一方、企業年金等は各運用会社から受取ったスマート・フォーマットによる報告の回答欄をコピーし、各社の分を並べて貼りつけることで、各社のスチュワードシップ活動を一覧で横比較することが可能になる。また、議決権行使結果の議案種類別集計表もエクセルシートで集計、計算の利便性にも配慮されている。

(2)スマート・フォーマットの考え方

 但し、スマート・フォーマットはスチュワードシップ活動を行う運用機関が共通になすべきこと(と考えられること)を整理、網羅したものにすぎず、各運用機関が、独自の視点や考え方によって行っているスチュワードシップ活動とその報告をプラスアルファとして行うことを妨げるものではない。

 運用機関には他社と差別化できる独自の切り口や分析に基づいて、スチュワードシップ活動を行い企業価値の向上に努め、運用商品の付加価値を高めることが求められている。その真価はスマート・フォーマットを出発点として、その先に何を提示できるかによって問われることになる。

2. 企業年金とスチュワードシップ活動

(1)裾野広がる企業年金のスチュワードシップ・コードの受け入れ

 金融庁から公表されているスチュワードシップ・コードを受け入れている機関投資家のリストによれば、コードを受入れている企業年金は18基金である(2019年5月8日現在-企業年金連合会を含む)。このリストでは企業年金は公的年金等とともに年金基金等(2019年5月8日現在35基金等)に属する機関投資家として分類されており、その中で、従来は公的年金等が主体であったものが、現在では企業年金が過半となった。スチュワードシップ・コード制定から5年が経過し、着実に企業年金のコード受入れの裾野は広がっていることが感じられる。

(2)企業年金のスチュワードシップ活動に求められていること

 企業年金の資産運用実務を規律する「資産運用ガイドライン」(確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドライン)などでは、企業年金がスチュワードシップ活動にコミットすることへの期待が示されている。

 具体的に資産運用ガイドラインでは―
○ 運用受託機関の選任
 スチュワードシップ・コードへの対応を評価項目として検討することが望ましいこと
○ 運用受託機関の管理
 運用受託機関に利益相反の管理方針、議決権行使状況の公表と、スチュワードシップ活動報告を受けることが望ましいこと
○ 代議員会及び加入者等への報告
 運用受託機関からのスチュワードシップ活動報告を、基金型では代議員会及び加入者に対し、規約型では加入者等に対し報告をすることが望ましいこと
 等が求められている。但し、いずれも義務ではなく「~が望ましい。」といった書きぶりである。しかし、企業年金にとって運用機関の行ったスチュワードシップ活動について、運用ガイドラインが求めることを履行する負担感は小さくないと思われる。

3. スマート・フォーマットへの期待

 このような状況下で、スマート・フォーマットへの期待は次のように整理できよう。

 第一にスチュワードシップ活動に関し、企業年金と運用機関のコミュニケーションの共通の基盤となることが期待される。スマート・フォーマットには企業年金がチェックすべき基本的な項目がカバーされているので、具体的に運用受託機関に説明を求めたり、質問すべき事項について整理することができる。これは、企業年金が運用機関の行うスチュワードシップ活動を理解し評価するための入り口となる。また、これを手掛かりに相互のコミュニュケーションが深まれば、企業年金が運用機関に対する適切なモニタリング機能を果たすことにつながると思われる。

 第二に各運用機関の活動状況を一覧性のある形での整理が可能となる。各運用受託機関の横比較ができるだけでなく、代議員会、加入者等のへの報告作成や会議録作成のための労力も軽減されると期待される。

4. 企業年金のスチュワードシップ活動拡充のため実務的支援の重要性

(1)企業年金の役割と限界

 スチュワードシップ・コードでは、企業年金等は責任ある機関投資家としての役割を果たすことが求められている。しかし、一方で、企業年金連合会のスチュワードシップ検討会報告書が言うように、企業年金の規模、運営形態には多様性があり、スタッフも十分でない基金等が太宗である。検討会報告書ではそのことを前提に、条件の整った基金等からスチュワードシップ・コードの受け入れが進むことが期待されると呼びかけている。

 こうした中で、企業年金のスチュワードシップ・コードへの関心を高め、理解を深めるためには、企業年金のスチュワードシップ活動に対する負担感を軽減する実務的な支援が重要である。

 これまでも、企業年金に対する実務的な負担軽減や支援の重要性は、スチュワードシップ検討会報告書でもすでに指摘されていたところである。検討会報告書の中では、「企業年金及び運用機関の負担を軽減するための工夫」として一章を設けて、運用受託機関とのミーティング時のチェック項目や質問項目の例、加入者等への情報開示の方法や開示項目の例などが数ページにわたり、具体的に詳述している。しかし、残念だが具体的な取組みとして結実していなかったように思われる。

(2)期待される企業年金への実務的支援の拡充

 スマート・フォーマットは内容そのものが新しいものではない。しかし、現に、企業年金と向き合い資産運用について報告や議論を行う運用受託機関が、共同の取り組みとして、スマート・フォーマットという、スチュワードシップ活動に関する具体的な議論と比較のための共通のテーブルを企業年金に提供し、実務的な支援を具体的に一歩前に進めたことにその意味がある。

 今後、企業年金と運用受託機関の間でスマート・フォーマットを活用した取り組みが進められ、企業年金のスチュワードシップ活動に関する理解が深まってゆくことを期待したい。また、スマート・フォーマットへの内容がさらに拡充されるだけでなく、運用機関と企業年金のミーティング時のチェック項目や質問項目などのあり方などの課題について議論、検討が業界横断的に行われ、企業年金のスチュワードシップ活動への実務的な支援がさらに広がることを望みたい。そうしたことを通じ、運用機関と企業年金のコミュニケーションが深化し、企業年金の本来の役割である運用受託機関に対するモニタリング機能が適切に果たされていくことを期待したい。

以上

(参考)

〇スマート・フォーマットのイメージ図

(出典:スチュワードシップ責任推進委員会HPより引用)

〇スチュワードシップ責任推進委員会 HP
http://smart.stewardship.or.jp/

(スマート・フォーマットは上記HPからダウンロード可能)
※スチュワードシップ責任推進委員会は資産運用会社のスチュワードシップ担当者を中心とする業界横断的なワーキンググループで、「スマート・フォーマット」は本委員会で作成されたものである。

〇参加運用機関(22社)

  • アセットマネジメントOne
  • アムンディ・ジャパン
  • インベスコ・アセット・マネジメント
  • ウエリントン・マネージメント・ジャパン
  • ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント
  • JPモルガン・アセット・マネジメント
  • シュローダー・インベストメント・マネジメント
  • 損保ジャパン日本興亜アセットマネジメント
  • 第一生命保険
  • ティー・ロウ・プライス・ジャパン
  • 東京海上アセットマネジメント
  • 日興アセットマネジメント
  • ニッセイアセットマネジメント
  • 野村アセットマネジメント
  • フィデリティ投信
  • ブラックロック・ジャパン
  • 富国生命投資顧問
  • 三井住友DSアセットマネジメント
  • 三井住友トラスト・アセットマネジメント
  • 三菱UFJ信託
  • 明治安田アセットマネジメント
  • りそな銀行