連載:わかりやすい年金のお話

第3章 企業年金に加入出来る人、出来ない人
第2節 自分の会社の確定給付年金(DB)の経営はエクセレントか?

花子(ライター):何だか今日のお題はドラッカーの経営論テキストブックみたいね。

勉(研究員):いやドラッカーではなくて、カナダはトロントに住んでいる年金業界のご意見番ともいうべきK・アムバクシア著の『エクセレントな年金経営の条件』という本からヒントを得て付けているんだ。彼は世界の主要な年金基金向けの「アムバクシア・レター」という月刊の記事を数十年にわたり執筆し続けていて、年金基金から見れば頼りになるオピニオンリーダーというわけさ。なんでよく知っているかというと実は自分が20年前にこの本を翻訳したんだ。

剛(編集者):へぇー、それは知らなかった。でも20年前に翻訳した本なんて古臭いんじゃないのかい?

勉(研究員):ところがね、日本の年金基金の世界で今、悩んでいることは北米で20-30年前に悩んでいたようなことが多いから、とても参考になるんだよ。

花子(ライター):それはどういうこと?

勉(研究員):この本の序の冒頭で「かつて年金は世間から隠されたテーマで、世間の目から見れば良く分からない人々によってのみ問題とされていた時代があった。しかし、このような時代はすでに過ぎ去った。なんらかの理由で年金のことが新聞で話題にされない日はないといってもよい。」と述べているんだ。
 マスコミで年金問題が取り上げられても年金が何に投資されているか、その運営がどれほどうまくいっているか、いかにその成果を改善できるかということに関する理解は進んでいない、とも言っているよ。
 今の日本と状況が似ているだろう?ほとんどの人が自分の年金は果たして出るのか、という心配はしているけれど公的年金の積立金運用をしているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がどんな運用をしているかについては関心を持っている人は多くはないよね。マスコミの論調でも何兆円も損したという記事は出るけれど、その実、記者自体がそのことの意味するところを良く分かっていないのでは、という程度だからね。いわんや、みたいにありがたいことに企業年金制度のある会社に勤めている人もそれがDB(確定給付年金)という、年金額が予め定まっていて、もし不足が出る場合には雇用主が補填する仕組みの年金に加入していると、特に、関心を持たれないことが多いんだ。

剛(編集者):その本で書かれている北米の「年金経営」の実態というのはどんなものなんだい?

勉(研究員):それが面白いんだ。ある人類学者が二年間にわたって大手年金を観察して1992年に著した本によると、①意思決定は過去のしがらみに引きずられ、いかに責任逃れするかによって行われる、②組織構造は各々の組織に根差す風土や過去の経緯に対応しており使命を達成するために選択されてはいない、等々当時の年金関係者の神経を逆なでする実態を暴露したんだ。
 アムバクシアがその本に書かれていることを年金幹部たちに後日、あるカンファレンスで「もし貴方の年金でエクセレンスへの障害が取り除かれたらどの程度リターンが向上するか?」と確認したところ、0.66%も上昇するという結果になったんだ。つまりエクセレントな年金経営をすればリターンが上がるという訳だ。
 ところで花子はコーポレート・ガバナンス・コードとかスチュワードシップ・コードは知っているかな?日本の年金経営に関係する話題が最近あるんだけど。

花子(ライター):前者は株主をはじめとした利害関係者に配慮するために、上場会社として守るべき行動規範としての企業経営の指針で、後者は色々な人からお金を預かる機関投資家が責任ある行動をとるための指針でしょう?いわば前者は投資を受ける側で後者は投資をする側の指針だから、安倍政権が重視する日本経済を成長軌道に乗せるための車の両輪と言われているわよね?

勉(研究員): その通り。そのコーポレートガバナンスコードは出来てから3年経ったので昨年6月に改訂されたんだ。その中の2-6(注)という項で、企業年金が従業員の安定的な資産形成に大きな役割を持つだけでなく、自社の財政状態にも影響を与えるので①企業年金の専門性を向上させる人事面、運営面の取組を行う、②受益者と母体企業間の利益相反の管理、③その取組内容の開示、ということが求められているよ。
 だからの会社のように中小出版会社でも上場しているところは、このコーポレートガバナンスコードを遵守しているかどうかコーポレートガバナンス報告書に記して証券取引所に提出しなければいけない、という訳だ。

剛(編集者):つまりが言いたいのは、自分が加入している企業年金制度がエクセレントかどうかを確認するには自社のコーポレートガバナンス報告書の該当箇所にどのような記述がされているかを見れば良い、というわけだな?

勉(研究員):ご明察だ。エクセレントな年金経営が何を意味するかは企業年金によって異なるだろうが、このコーポレート・ガバナンス・コード2-6のお陰で、その第一歩を調べる手っ取り早い手がかりが出来たのは大きいと思うね。
 特に鍵を握るのは年金経営の重要な意思決定に関わる基金型なら代議員会、規約型なら運用委員会のメンバーの資産運用に関する専門性の確保なんだ。つまり組合代表、ということで選任されていても運用の話に全く理解が付いていけない人なら意味がないからね。

剛(編集者):うん、確かにうちの年金の場合は組合代表者が出ているはずだけれど、資産運用の話に理解があるようには見えないから心配だな。それに年金基金の理事長は確か人事担当執行役員だから運用のことは分からないと思うけれど、その場合はどうすれば良いんだい?

勉(研究員):その時には外部の専門家を採用すればよいんだ、まあ、私のようなね。

花子(ライター):そういうのは「ポジション・トーク」というのではないの?

勉(研究員):まぁ、それはさておき、そうした加入員からの質問や関心の高まりが年金基金を日々、運営している常務理事や事務局員の士気を高めることにもつながるよ。もし機会があるなら基金の事務局に「我が社の年金はスチュワードシップ・コードを受け入れる予定があるか?」と聞くと良いよ。また組合幹部で代議員会に出ている年金問題担当に聞いてみても良いね。そうした声が加入員や組合員から上がると年金基金の関係者は相当本腰を入れた対応を迫られるから、結局は加入員や受給者にとっても、しっかりした年金経営をすることにつながるんだ。

剛(編集者):よしわかった。じゃあさっそく明日、コーポレートガバナンス報告書を調べたうえで、年金基金の事務局に行って聞いてみよう。

勉(研究員):多分、担当者はかなり焦るだろうよ。だって事業会社でスチュワードシップ・コードを受けれていたのは、去年の春先までは1社だけだったんだからね。

花子(ライター):あら、それはなぜなの?

勉(研究員):年金基金としては「議決権行使のモニタリングをするには体制が不十分」というケースが実際、多いようだ。ただし、母体の取引先企業の株主総会で反対票を投じた場合の影響への配慮もあるのではないかと言われているよ。
 それと一言付け加えておくと、コーポレート・ガバナンス・コードについて、イギリスの改定では株主だけではなく従業員など多様なステイクホルダーを重視する方向に大きく舵を切っているので、今後の我が国の改訂の方向性にも影響を与えるかもしれないよ。

花子(ライター):ということは、日本でも将来的には従業員の意見も重視される方向になるかもしれない、ということね。

(注)コーポレートガバナンスコード

【原則2-6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮】

上場会社は、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成に加えて自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ、企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきである。その際、上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである

 

スチュワードシップ・コード受入企業年金一覧表
S‐コード受け入れ企業年金 受入れ表明時期
セコム企業年金基金 2014年 2月
三菱UFJ信託銀行企業年金基金 2014年 7月
三菱UFJ銀行企業年金基金 2014年11月
みずほ企業年金基金 2015年 2月
三井住友銀行企業年金基金 2015年 2月
りそな企業年金基金 2015年 5月
三井住友信託銀行企業年金基金 2016年 2月
 
パナソニック企業年金基金 2018年 2月
エーザイ企業年金基金 2018年 2月
あいおいニッセイ同和企業年金基金 2018年 4月
三井住友海上企業年金基金 2018年 4月
エヌ・ティ・ティ企業年金基金 2018年 6月
全国建設企業年金基金 2018年 7月
三菱商事企業年金基金 2018年11月

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